芸能・アイドル

2012年3月30日 (金)

宮崎駿は食わない

まるっと引用。
http://twitter.com/#!/miyasan_bot/status/184444772302336001
から。

『宮さん(宮崎駿)bot
‏ @miyasan_bot
ある人がもう年寄りはいいんだから放射能で汚染されたものでも、年寄りが食えばいいんだっていうふうに言っていたけど、僕は食わない。食わないようにする。それはやっぱり、問題をあいまいにする。年寄りなら食ってもいいじゃないかという考えは、福島に対する援助にならないと思います。』

著名な年寄りがもっと発言すればいいのにな。

吉永小百合もさ
『大人の休日倶楽部 「盛岡」篇 30秒』
のCMで、出されたじゃじゃ麺、食べてなくない?
レンゲには口つけてるように見えるけど。
直接発言しないけど、態度で示すって感じかな。

2012年2月10日 (金)

シロー死す

シローといえばサブロー・シローのシローだ。
55歳だったという。

彼らの漫才は絶品であった。
とはいえすごく笑った記憶はあるが、
内容までは覚えていない。
「田中はーん」を連呼しているネタがあったと思う。
なぜかこれは忘れられない。

彼らがテレビから消えたのは、

所属していた吉本に給料を上げて欲しいと
お願いをしたら断られ、

人気絶頂だった2人は、じゃあ吉本を
やめてやると飛び出し、

怒った吉本はテレビ局にサブローシローを
使うなと圧力をかけ、

吉本の他の人気芸人を使えなくなることを
恐れたテレビ局はサブローシローをいなかった
ことにした

という経緯だったと思う。

あんなに面白かったのに。

吉本は…。

昔、会社の先輩がシローに似ていて、
新幹線で間違えられたと言っていた、

そんなことも思い出す。

ご冥福をお祈りする。

2011年11月 2日 (水)

清志郎ベスト3(10月分)とか

先月に引き続き、
良く聴いたとか、印象的に感じた曲を3つ。

・『キューピッド

Little Screaming Revue の
アルバム『Rainbow Cafe 』から。
イントロのメロディーからゴキゲン。
清志郎の声がとてもいいと思うのだ。
とってもステキな曲だがヒットしたのかな?

・『忙しすぎたから

RCサクセションの
アルバム『楽しい夕に』から。
メインボーカルは清志郎じゃなく、破廉ケンチ。
清志郎はバックでコーラス。
リンコさんの書いた詞がなんだかいい。
作曲は清志郎。
切ない感じのメロディーもグッド。
出だしのところの声はチャボが歌う
『忙しすぎたから』と似てる気がする。

実は当時の清志郎の声はあまり好きではない。
この頃のライブで歌う清志郎の声はそうでもない
のだが、スタジオで録音された歌を聴くと
いくらか抵抗がある。
歌い方を変えていたのか、録音技術の問題なのか、
それはわからないのだが。

・『UFO神社

今回も入選。
なんか好き。
LOVE JETSの曲を全部集めたアルバムを発売して
くれないかなあ。

***

11/26(Sat)から映画
『忌野清志郎 ナニワ・サリバン・ショー ~感度サイコー!!!~』
が始まるぜ!

2011年10月26日 (水)

日テレで♪ずっとウソだったんだぜ!

朝早く、猫に起こされ、テレビをつけ、
チャンネルをまわしていたら、
日テレの「Oha!4」で斉藤和義がしゃべってた。

「勝手に自粛して、タブーじゃないことを、
 タブーにしてしまうのはおかしい」
というようなことを言っていた。
(まだアタシの頭は寝ぼけてた)

そしてどこかで行ったライブの模様が映し出され
♪ずっとウソだったんだぜ!
が。

さわりだけかと思ったら、1番はフルに流され、
歌詞も画面に現れた。

あの日テレが!

2011年10月 9日 (日)

auは反体制か

なんてね。
大げさなタイトル。

テレビからあの曲が流れるなんて、
びっくりしたやら、うれしいやら。

auのCM。
嵐が踊ってる? あのCM。

バックに流れるのは
名曲「マイ・ウェイ」
のたぶん替え歌。

auはどんな人が歌ってるのか、
歌詞の内容がどんなだか、
知ってて使ってるんだろうな。

もっとガンガン流してくれ。

クレジットは
「アナーキー・イン・ザUK」や
「ゴッド・セイブ・ザ・クィーン」
でおなじみの
セックス・ピストルズに
なってると思うが、
歌ってるのはシド・ヴィシャス。

ゴキゲンなヤツだぜ。
でも薬中だぜ。

何にしてもイカシタ曲だ。
ピストルズの曲ではいちばん好きかも。
だけど、猫は殺さないでね。
人もね。

2011年8月16日 (火)

清志郎なら

こんな記事があった。
『特集ワイド:この夏に会いたい/8 ロック歌手・忌野清志郎さん』
http://mainichi.jp/select/wadai/archive/news/2011/08/15/20110815dde012040002000c.html

『◆ロック歌手 忌野清志郎さん(2009年死去、享年58)

 ◇サマータイム・ブルース ユーモアの中の叫び
 「3・11の大震災があって、原発事故が起きた時、すぐに彼のことを思いました。こんな時、彼なら、なんて言っただろうって。それは米国で9・11テロが起きた時、ジョン・レノンが生きていたら、どんなふうにコメントしただろう、と考えるのと同じような感覚だと思うんですよ」

 彼とは、「ロックの神様」と呼ばれたロックシンガー、忌野清志郎さん。2009年5月2日に亡くなった。冒頭のように話すのは、忌野さんが率いたRCサクセションが「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」のヒットでブレークした1980年の前後3年間、キティレコード(当時)で担当ディレクターを務めた森川欣信(よしのぶ)さん(58)だ。

 東京電力福島第1原発事故の深刻な状況が明らかになるにつれ、クローズアップされたのが、RCが88年に発表したアルバム「COVERS(カバーズ)」。洋楽に忌野さんが独自の訳詞をつけた異色の作品。なかでも、夏に海へ泳ぎに行ったら<♪原子力発電所が建っていた さっぱりわかんねえ 何のため?><♪要らねえ 危ねえ>とうたった「サマータイム・ブルース」は、反原発ソングとして事故後、ユーチューブの再生回数が急上昇し、ラジオ番組には多くのリクエストが寄せられた。国内各地で行われる反原発集会でも流されている。

 「なんか不思議な感じがするんですよ。23年前に、彼は原発は必要ないとうたっていた。86年にチェルノブイリ原発事故があった後とはいえ、あの時は、みんな『清志郎、またお騒がせだな』ぐらいにしか思っていなかったのでは。でも実際に、未曽有の地震と原発事故が起きた時に、あれだけ警告を発していた彼はもういない。だからこそ、彼が残したメッセージは重みを増すのでしょうけど」

 森川さんは現在、山崎まさよしさん、元ちとせさんらが所属する音楽事務所「オフィスオーガスタ」の代表を務める。92年の設立以来、東電のCMへの楽曲提供を断ってきたという。「そんな方針を掲げたのも、清志郎と関わってきたからだと思います。清志郎や私が10代半ばのころはベトナム戦争の時代で、ボブ・ディランやビートルズが反戦を訴えていた。今は、もの言わぬ時代になってしまったが、音楽にはメッセージを込めて社会に目を向けさせる力もあるんです。しかも、清志郎の歌は堅苦しくならず、必ずユーモアが含まれている。ユーモアとは何かといったら、人間的ということじゃないかな」

 ■

 「カバーズ」は当時、東芝EMI(現EMIミュージック・ジャパン)が突然、発売を中止したことでも話題を呼んだ。原子炉メーカーでもある親会社に配慮したのでは、といわれた。

 「最高のできなのに、誠に申し訳ない」。当時、忌野さんにそう告げたのが、東芝EMIの邦楽部門の最高責任者だった石坂敬一さん(65)。現在はユニバーサルミュージックの相談役を務める。「ホテルオークラに一室とって、清志郎とマネジャー、担当ディレクターと私の4人が向かい合っていました。事情を説明すると、清志郎はテーブルをドンとたたいて、灰皿を投げた。『許せねえ』って言ってね。随分、芝居がかっていましたが、明らかに外して投げていましたね。誰も傷つけず、備品も壊さず。そこが、彼の優しさなんです」

 88年6月22日付の新聞に「素晴しすぎて発売出来ません」という広告が載る。「すごい圧力はなかったと思いますが、子会社が自粛したような格好だったかな……。親会社の立場を考えてという」と、石坂さんは振り返る。結局、「カバーズ」はRCが以前所属していたキティからこの年の8月15日に発売され、RC唯一のオリコン1位を獲得。それでも、次の作品からは東芝EMIに復帰した。

 阪神大震災があった95年。忌野さんは<♪がれきの街に 花が芽を吹くさ>とうたった被災地応援ソング「サヨナラはしない」を作り、CDの印税を義援金として寄付した。今回の震災では、どうしただろうか。石坂さんは「清志郎は常に大衆に目線を置いて考え、行動する人でした。被災地の惨状を知ったら、バンドのトラックに食料を詰め込んで、現地に炊き出しに行き、被災者を励ましたでしょう」と話す。

 ■

 あの人にも話を聞かねばならない。RCがもっとも輝いていた80年代にギターを担当した盟友、チャボこと仲井戸麗市さん(60)。ラジオ番組の収録後、渋谷のカフェで会った。

 三回忌にあたる5月2日、東京・日本武道館で開かれた追悼ライブでもギターを弾いた仲井戸さん。「頭の中ではちゃんと現実を認識しなきゃと思うんだけど、どうしてもステージに立っているときなんかに、ふと現れてきちゃいそうな気がするんです。あいつ、よく寝坊してたから、『ごめん、遅れちゃって』なんて言って出てきそうで……」

 今も友の死の実感をもてない、という思いがぬぐいきれないという。

 「彼がいたらというイフはありえないんだけど、(震災に直面したら)『どうかね、チャボ』って連絡してきたと思いますね。あいつは結構自分からも出て行くタイプだから、いろんな仲間に声をかけて、その中に、俺も入っていたんじゃないかな」

 「どんな歌を作ったかって? ソングライターとしての彼のスタイルは、俺もそうなんだけど、物語を設定して書くタイプじゃない。日記ではないけれど、自分の周りに起こったこととか、感じたことを歌に投影していくタイプだから、当然、震災のことも、歌になって出てきたはずだよ。清志郎君は、きっと、今回のことを歌にしたと思う」。慎重に言葉を選んでいた仲井戸さんが、ここだけは言い切った。

 「彼の死後、再評価する声がたくさん出てきて、それはうれしい事だけど、彼、本人はもういないからね……」と仲井戸さん。

 忌野さんは東京・八王子の高尾霊園高乗寺に眠る。墓石の前には、トレードマークのウサギの像が腰かけ、ギターをつまびいていた。墓前で手を合わせながらなお、忌野さんが生きていたら、なんて言っただろう、と問いかけずにはいられない。森川さんはこう想像する。

 「『だから言わんこっちゃないぜ ベイベー』って思っただろうし、これだけの事故が起きてなお推進を唱えている人たちに対して『それなら使用済み核燃料はどこに捨てるの』って矛盾をついたんじゃないでしょうか。彼はただ反対じゃなくて、当時から自然エネルギーに替えてもいいんじゃないかって話していました」

 忌野さんが愛用の自転車「オレンジ号」に乗っている光景が目に浮かんだ。そしてあのフレーズも……。

 愛しあってるかい?【大槻英二】

==============

 ◇「特集ワイド」へご意見、ご感想を
 t.yukan@mainichi.co.jp

 ファクス 03・3212・0279

==============

 ■人物略歴

 ◇いまわの・きよしろう
 1951年東京都生まれ。高校卒業間際の70年にRCサクセションでデビュー。亡くなる3カ月前に録音された「Oh!RADIO(オーラジオ)」が遺作。

毎日新聞 2011年8月15日 東京夕刊 』

森川さん、偉い!

しかし、最後の人物略歴は、略しすぎだ。

2011年5月 2日 (月)

Little Screaming Revue

ニーサンズの次の清志郎のバンド。
カタカナで書いとくと、
リトル・スクリーミング・レビュー。

不思議なバンド名なのである。

ニーサンズの表記は「忌野清志郎&2・3'S」
もしくは「KIYOSHIRO&2・3'S」。

RCやラフィータフィーではバンド名に
清志郎は登場しない。

さてLittle Screaming Revueであるが、
CDジャケットなどの表記は
「忌野清志郎 Little Screaming Revue」
となっているのだ。

清志郎と Little Screaming Revueの間に
&もなければwithもない。'Sも。

ということはどういうことなのかな。

バンド名だけを見て、
個人名がなければ、
バンドの一員なんだな、という感じがする。

「忌野清志郎&2・3'S」とあれば、
清志郎が中心人物で他のメンバーが2・3'S
なのだろうと思われる。

しかし
「忌野清志郎 Little Screaming Revue」
である。
「忌」からRevue の「e」までがバンド名だ。

清志郎が中心人物であろうとは思うが、
他のメンバーはどうなのか?
「Little Screaming Revue」の一員なのか、
「忌野清志郎 Little Screaming Revue」
の一員なのか。

ライブで登場する際のコールはどうなってたのか。
「イマワノキヨシローリトルスクリーミングレビュー」
と紹介されてたのかしらん。

まあ、そんなことはどうでもいい。
いや、ほんとは知りたいが。

ファースト・アルバム
『GROVIN' TIME』について。

好きである。
ニーサンズも好きであるが。
両方イイと思うのだ。

強いて言えばニーサンズよりサウンドは
分厚い気がする。
それが演奏者の違いによるのか、
レコーディングとかの問題によるのか、
アタシにはわからないが、
それぞれ持ち味、って気がする。
比較してもしようがないな。

このアルバム、
けっこうヘビーめの曲が多いけど、
『鳥の歌はLove Love』や『浮いてる』
なんかのメロディーも頭に残る。

ニーサンズの1枚目と同様、
「おお、名曲だぜ!」という歌は
少ないかもしれないけど、
粒ぞろいのアルバムだと思う。

もうちょっと書きたいことがあったのだが、
またこんど。

2011年4月 8日 (金)

斉藤和義に拍手喝さい

何度聞いてもヨイなあ。
『ずっとウソだった』
発売して!

RCの元メンバーたちも
なんかすればいいのに。

2011年3月 7日 (月)

忌野清志郎&THE 2・3'S(ニーサンズ)とか(その3)

2・3'S のファースト・アルバム
「GO GO 2・3’S」を聴いてみた。

とても不思議な感じがした。

2・3'S はあまり評判が良くなかったという。

セカンド・アルバム「Music From POWER HOUSE 」を
先日初めて聴いてステキなアルバムだったので、
評価されなかった理由はファースト・アルバムに
あるのだろうと推測していたわけだが。

このファースト・アルバム「GO GO 2・3’S」
も良いではないか。

曲目は、
1.Let’s Go(IKOHZE)/2.あの娘の神様/3.いくじなし(Bye-Bye)/4.お兄さんの歌/5.インディアン・サマー/6.75日(75days)/7.いつか観た映画みたいに/8.芸術家/9.あの娘が結婚してしまうPART2/10.現場処理の男/11.素敵なエンドーさん/12.ハッピーバースデー/13.NEWSを知りたい/14.ぶっちゃけた恋 

とたっぷり14曲。
アタシのボキャブラリーの乏しさが露呈するだけ
なので、今回は1曲ずつ感想を書くことはしないけど。

正直「名曲」はないかもしれないが、
「良い歌」がそろってる気がする。

アタシが好かない曲は「現場処理の男」だけ。

例えばセカンド・アルバム
「Music From POWER HOUSE 」からシングルカット
すれば売れるのでは? と思える曲は、
(アタシが選ぶなら)
「プライベート」「お弁当箱」「アイドル」
「この愛が可愛そう」
そして、「死にたくなる」と12曲中5曲。

それに対して
「GO GO 2・3’S」からは、
「ぶっちゃけた恋」くらいかなあ。

でも、シングルにはふさわしくないかもしれない
けど、「なんだか良い歌」ばかりなのだ。

清志郎のHP「地味変」に書かれている
アルバム「GO GO 2・3’S」の紹介文。
「ディープ&バイツの山川のりお、現HIGH-LOWSの大島賢治ら、若いメンバーと結成した新バンドの、明るく自由な雰囲気の1stアルバム。」

まったくもって「明るく自由な雰囲気」
なのである。

みんな、聴けばいいのに。

意味深な歌詞もグッドだし。

ここにも確かに清志郎はいるよ。

ちなみに
実際にシングルとして発売された2・3’S
の曲は、
◎ パパの手の歌 
  1.パパの手の歌/2.カラスカラス

◎ いつか観た映画みたいに 
武田鉄矢監督映画「プロゴルファー織部金次郎」主題歌。B面はニュース23のエンディングテーマ。
  1.いつか観た映画みたいに/2.ニュースを知りたい

◎ お兄さんの歌
TV番組主題歌となったために、シングル化。
1.お兄さんの歌/2.あの娘の神様 

◎ プライベート
アルバムと同時発売。アルバム収録曲とは別バージョン。
  1.プライベート/2.恩赦

の4点らしい。
(各シングルの紹介文は「地味変」より)

2011年2月 2日 (水)

忌野清志郎&THE 2・3'S (ニーサンズ)とか

清志郎が亡くなってから知った歌、
再認識した歌の中から好きなもの、その3。

最初に聴いた2・3'Sの曲は「お弁当箱」。
でも2・3'Sの演奏じゃなくて、清志郎とチャボ
のライブを収めた「GLAD ALL OVER」で。
2・3'Sの曲とは知らずに。

それ以後久しく彼らの曲を聴くことはなく。
DVD「LIVE at SPACE SHOWER TV ~
THE KING OF ROCK'N ROLL SHOW」
で「アイドル」「プライベート」「この愛が可愛そう」
を聴くことになる。

いやいや「プライベート」は
CD「青山ロックン・ロール・ショー 」で聴いたのが
初めてだ。

つまり未だ4曲しか知らない。
しかしどれもすばらしい曲なのだ。
激しさあり、哀愁あり。
そしてこのすばらしい4曲はすべて
アルバム「Music From POWER HOUSE 」に収録
されている。

なぜ発売当時、アタシはこのCDに気づかなかったのだろう。
まったくもって悔やまれる。

アタシなりになぜ当時、清志郎への関心が薄かったのか、
振り返ってみる。
いくつか思い当たることがある。

まず1つ目はタイマーズが良くなかったと思う。
1枚目のアルバムを買ってしまったのだ。
「デイドリーム・ビリーバー」は大好きだが、
他の曲は1回聴けば十分、というのが感想だった。
正直、かなりがっかりした。
その後の2・3'Sの誕生は知っていたのだが、
タイマーズに続いてのふざけたネーミングで
期待する気持ちになれなかったのかもしれない。

清志郎のオチャラケタ面は好きだけど、
アルバムを聴くならオチャラケてないのが好き。

2つ目は、FMを聴かなくなり、音楽雑誌を
手に取らなくなった時機と重なったように思う。
だから、誰の新しいアルバムが発売されようが、
気づかなかったのだ。
FMで彼らの曲が紹介され、それを耳にしていれば
おそらくアタシは即購入しただろう。

他にも理由はあるような気はするが、大きくは
この2つかな。

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