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2014年8月

2014年8月29日 (金)

思い出づくり

 部活に熱中していたこともあります、

 山登りも楽しかったです、

 南の島で休みを過ごし、感激しました

 好きな人とのすてきな時間も過ごしました、

 などなど、

 やりたいことやって、それが何年か経って

 思い出になるのであって、

 

 思い出づくりのために、

 ねぇ、どこかへ行きましょうよ、何かしましょうよ、

 っていうのは

 何か変。

2014年8月26日 (火)

見ての通り

 歩いていたら、大きな白人が向こうからやってきた。

 プロレスラーか? 

 お相撲さんでもいいかも、などと

 思っていたら、そのTシャツには相撲取りのイラストが描かれていた。

2014年8月23日 (土)

大きな声でね(その2)

 図書館の帰り、スーパーに買い物に寄った。きのこ売り場のあたりでベビーカーに乗った小さな子供が泣き叫んでいた。アタシが人生で聞いた最大音量の泣き叫びだった。けっこう広いスーパーだけど、同じフロアにいる限り聞こえない場所はなかったろう。母親が懸命になだめていたが効果はなく、延々と大声が響いていた。

 最近は子供の泣き声に感心するのである。ときどき近所からも泣き声が聞こえるのだが、よくもまああれだけの大きな声が出せるものだ、と。よくもまあ飽きずに泣き続けられるものだ、と。ものすごいエネルギーである。あのエネルギーで発電できたら、たぶん近所一帯の電気代は不要になるはずで、子供のいる家庭は人々から歓迎されるだろう。

 アタシも子供のころには、あんなエネルギーがあったのだろうか。今真似してみろと言われても、とてもできるものではない。

 

大きな声でね(その1)

 先日図書館へ行った。図書館だから基本的に静かなんだけど、受付のところで大きな声でしゃべっているおじさんがいた。何をしゃべっているのかわからなかったが、長々としゃべっていたのでちょいとだけ気になった。受付のお姉さんも、もう少しボリュームを絞るように言ってもよいのではなかろうか、などと思った。

 いったん別のフロアに行って戻ってくると、今度は検索用の端末の前で大きな声でしゃべっているおじさんが目に入った。妻らしきおばさんと、ああでもない、こうでもないとやっている。声からして、おじさんは先に受付にいたおじさんと同一人物であろう。見た目はけっこういい歳である。孫が何人もいるのではないか。そして、おばさんもおじさんに負けず劣らず声が大きかった。

 アタシが本をさがしていると、近くにその老夫婦がやってきた。「あった、あった。これだ、これだ」と近くで聞くとそこまで大声でしゃべらなくてもいいのにと言いたくなるほど。聞くとはなしに聞いているとどうやら、初めてか、それに近い感じで図書館にやってきたようだ。夫が定年退職になって「では一緒に図書館にでも行きましょう」という雰囲気だ。

 で、ふと思った。もしかしたらどちらかの耳が良く聞こえないのではないか、と。補聴器付けてるんじゃないの、とじろじろ見るわけにもいかないので見なかったけれど、そうであれば、ふたりそろって声が大きいのもうなずける。耳が良くないと声が大きくなるというし、相手がそうなれば気遣うパートナーの声も大きくなるだろう。

 ほほえましい老夫婦、というレッテルを勝手に貼って図書館を後にした。

2014年8月22日 (金)

なんだかなあクロネコヤマト(その2)

 先月末に書いたように自ら進んでクロネコヤマトを利用する気はなくなったのだが、通販会社の指定であればいたしかたない。そして時間指定ができるのならしてしまう。

 今回も指定時間には2時間の幅があったのだが、今回もその時間内には来てくれなかった。2時間の幅があるのだから時間内に来るべきだとは思うのだが、かといって多少の遅れはしようがないという思いもないではない。というか自分に言い聞かせている。多少の遅れは我慢しようではないかと。

 10分くらい過ぎて電話があった。「遅れて申し訳ありません。今から伺いたいのですが」と。本来であれば「待ってまーす」とか「よろしくお願いします」で済んだはずである。しかしながらそうはいかなかった。声から判断して、電話をくれたおじさんが前回と同じおじさんだと思ったのだ。イラつきがよみがえってしまった。いくらか強い口調で「急いでください」などと言ってしまった。

 電話を切ってからすぐに何か変だと思った。前回と同じおじさんなら謝るはずがないではないか。

 ほんとうにすぐに現われた今回のおじさんは、前回のおじさんとは別人であった。おじさんは暑さのためか少しボーっとしていた。

 少しくらいの遅れで急がせて悪かったような、そんな気持ちにすらなった。

 今回のおじさんにしてみれば、ちょっとしたトバッチリだったかもしれない。

 ことほどさように、ひとり変なおじさん(従業員)がいると他のおじさん(従業員)が迷惑するのである。

 いちど、「ことほどさように」を使いたかったのだ。それだけ。

2014年8月21日 (木)

トカゲ走る

 キセルが確かこんなタイトルの歌を歌っていた。かなり好きな1曲だが、今回は別の話。まったく関係ない。

 朝、と言っても10時くらいか、すでに熱くなったアスファルトの上を歩いていたら、こちらに向かってトカゲが走ってきた。

 口に何かくわえている。

 すれ違いざまに確認すると、驚いた。

 ゴ○○リだ。 

 トカゲの方はアタシを見て動揺したのか、うっかりゴ○○リを落としてしまった。

 驚いた。ゴ○○リは動いていた。

 が、トカゲは逃げる隙を与えず、すぐにくわえ直して、草むらに消え去った。

 朝からこんなものを見てしまい、どんな1日になることかと心配になったが今のところなかなかいい日である。

 このあともそこそこいい日になることを願う。とてもいい日でもかまわないが。

2014年8月18日 (月)

久々に清志郎(その2)

 そんなわけで、他にも清志郎との対談なり、インタビューが収録された本があるのではないかと。

 で、目についたのが『阿川佐和子の会えばドキドキ―この人に会いたい〈7〉 (文春文庫)』であった。

 知ってる話が多かったけど、小学生だったタッペイ君の『君が代』の話は面白かった。

2014年8月16日 (土)

久々に清志郎

 たまたま『対談の本―ロックンロールから枝豆まで』(細野 晴臣  (著))という本の存在を知った。対談相手のひとりが清志郎だ。

 がんからいったん回復して、ぼちぼち活動を再開し始めたころの対談。

 どういう治療をしたとか、医者とのやりとりとか。

 細野プロデュースの話があったとか。

 『夢助』の件は知っていたけど、知らない話が多く。

 うーん、改めて、清志郎、早すぎたな、と。

2014年8月15日 (金)

良い時代になった

 高校野球を熱心に見ていたのは何十年も前だな。この何十年間はほとんど見ていないし、見たとしてもスポーツニュースくらい。ときたますごいピッチャーがあらわれた、なんてニュースを聞くとちょっとだけ見たりしたこともあった気がするが。

 ここのところ、たまたまニュースでダイジェストを何試合か見たのだけど、選手たちが試合中に笑っているのを見て、おお、良い時代になったのだな、と思ったわけである。何十年も前、試合中に笑顔を見せたピッチャーは高野連に怒られた。理由は何だっけ? 真剣勝負に不謹慎だとか、相手チームに失礼だとか、そんなことだったと思う。

 やたら「試合を楽しむのだ」という風潮はあまり好きではないけれど、笑顔があった方が若者らしいではないか。笑顔を見せて怒られるって何だろうね。真剣だからこそ出る笑顔もあると思うし。真剣だからこそ楽しくなっちゃうこともあるよね。うれしくなっちゃうことも。

 笑顔で試合に臨んだ方が無駄な力が入らなくて良いという話も聞くし。

 そういえば、いつだったかのワールドカップで選手が試合中にガムを噛んでいて、ひどくバッシングを受けていたな。ガムくらいいいじゃないかという擁護派は「高校野球じゃあるまいし」などと言っていたわけだが、こういう言葉の使い方もなくなるわけだな。

 久々に、良い時代だな、と感じたよ。

2014年8月 1日 (金)

なんだかなあクロネコヤマト

 ちょっと大きめの荷物送ることになり集荷を頼んだ。フリーダイヤルで。
 言い回しは違うけど、内容的にはこんな感じ。

 アタシ「明日の朝9時頃に来てもらうことは可能ですか?」
 オペレータ「時間指定はできないんです。午前中というくくりになります。」
 アタシ「9時が無理なら夕方4時ごろにお願いしたいのですが」
 オペ「午後は2時間単位のくくりになりますので3時から5時の間か、4時から6時の間になります」
 アタシ「では3時から5時で」

 で、当日、5時になってもやってこない。まあ、少々遅れることはあるだろうとは思うものの、配達のときは「今からお持ちしたいのですがご在宅でしょうか」などと電話してくるのだから、こういうときも「遅れていますが、○時頃までにはうかがえます」なんて電話してくれればいいのになあ、と思ったりもする。

 居合わせた知人によれば集荷なんてそんなもので、いつも集荷を依頼すると「時間は目安です」ってオペレーターに言われるし、その日のうちに来ればいいくらいに思っているなどと言われてしまう。

 でもアタシは目安だなんて言われていないし、そもそも2時間も幅があるではないか。(HPを見る限り目安などとは書かれていないなあ。)

 30分過ぎて、アタシの依頼はきちんと受け付けられていないのではなかろうかと不安を感じフリーダイヤルに電話する。オペレーターの方が謝ってくれて、すぐにドライバーに行かせます、と言ってくれた。が、ほんとうに時間は目安でしかないというのなら、オペレーターの人は謝る必要ないわけである。「もうすぐ行きますよぉ。お待ちくださーい。ちゃんと受け付けていますからぁ」でいいと思う。

 結局6時前に年配のおじさんがやってきた。アタシが「時間は目安何ですか」と聞いてみると「おとどけのご希望時間は?」とおとぼけなのか、人の話を聞いていないのか、かみ合わない。で、「3時から5時でお願いしたんですけどね」と言うと「遅くなっちゃってねぇ」と事実の描写。

 で、ここまできて同じような絵が脳裏だかどっかに浮かんだ。ずいぶん前のことですっかり忘れていたが、このおじさんにまったく同じ目にあわされていたのだ。遅れて、そして、決して謝らないおじさん。

 やたら謝ればいいとも思わないが、この流れならビジネスとして詫びを入れる場面ではなかろうか? 本人に落ち度がないのかもしれないが、謝っておいた方がいい場面だと思うのだよ。「遅れちゃって申し訳ない」と言えば、モヤモヤした感じもさっぱりするのではないか?

 あのおじさん、ひょっとしたら以前はどこかの偉いさんだったのかしらん、謝り方を知らないのかしらん、などとも思ったよ。

 こういうところがちゃんとしていない会社には、もう頼みたくないなあと思っちゃうタイプなので次の機会があれば別の会社に頼むことになろうね。

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