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2013年11月21日 (木)

モヤモヤ

 駅北口のバス停で並んでいた。おじさんが近づいてきてデジカメのモニターをアタシに見せた。地図が表示されていて「ここに行きたいのだがこのバスで行けるだろうか」と言う。「行きませんよ」と答えたのだが、おじさんは、路線図を見たのだが行きたい場所の町の名前があったと言って納得していない。同じ町名があったとしても、大きな町なら望みの場所とバス停が近いとは限らないわけで。たとえば1丁目に行きたいのに遠く離れた6丁目にしか停まらないバスに乗ったってしようがないだろう。

 親切なアタシは「ぜんぜん離れていますから、バスで行くなら何度か乗り換えないと行けませんよ。そこに行きたいなら電車を使って○○駅で降りるのが一番いいですよ。」と教えてあげた。そこでアタシが乗るバスが到着したのでアタシは乗り込んだわけだが、しばらくしたらそのおじさんも乗り込んできた。

 それ以上はおじさんとかかわらなかったのだが、何だろうねえ。相手が尋ねてきたから親切に教えてあげたのに、100%の無視。まあ、アタシが困るわけではないのだけれど、何かスッキリしない。他人の言うことを受け入れるつもりがないのなら聞かなければいいのになあ。

 おじさんはどうやら地図がまったく読めないわけではないようで、バスが目的地とは離れた方向に進み出していると明白になったところでバスを降りた。でもそこは、他のバスも走っていないし、駅からも少し遠いし、他人に尋ねようにも人通りも少ない場所だった。おじさんが目的地にたどり着くには延々と歩くか、来た道を戻るか、タクシーに乗るしかない。

 おじさんはどうしたのだろうか。

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