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2013年8月

2013年8月30日 (金)

人類は進むべき方向に進んでいるのだろうか―その3

 イプシロン! 衛星を打ち上げるためのロケットらしい。コストを抑えて開発し、打ち上げコストも安くなるという。安くして新興国の衛星打ち上げを受注したいのだと。

 アタシがどう思ったかというと、まだ衛星打ち上げるの? ということ。

 地球の周りは、寿命を終えたり、故障したりで宇宙ゴミと化した衛星が、それこそ星の数ほどあって、地上に落ちてくる(ほとんどは大気中で燃え尽きてしまうらしいね)ものもある、と大騒ぎしていたのはそれほど昔ではなかったと思うのだが。

 何が正しいのか? 新しい衛星のためのスペースはまだ十分にあるのか? 宇宙ゴミが増えて地上に落ちてきて事故になることはないのか? まずは宇宙ゴミをなんとかするべきではないのか? それとも

 金儲けためなら何をやってもいいのか?

 いったいこの先どうなっていくのかねぇ。

人類は進むべき方向に進んでいるのだろうか―その2

 デフレ、デフレと言うが、何だかチャンチャラおかしなことに思えてきたのである。

 いつだったか「世の中、雇用の確保だの、就職率をアップさせるだの言いながら、一方で効率化とかコストカットとか言ってロボットやコンピュータを導入したり、海外で生産したりして人の働き口を減らしている。それに対して誰も何も言わないのは不思議である」というようなことを書いた。

 デフレだって同じようなもの。「競争だ、競争だ。消費者に良いものをより安く届けて、競争社会で勝ち抜くのだ」と言って価格競争を行ない値段を下げてきたのだ。コストカットもしてきたのだ。物価が下がるのは当然の成り行きではないか。下げようとして下げてきたのではないのか?

 そして今度はインフレにするのだという。頭おかしくない? 効率化、コストカット、価格競争という姿勢が変わらないのに無理無理物価を上げるって何なんだ? おまけにTPPで安い商品を消費者に届けるのだと。

 やりたいこととやってることが大きくかけ離れているのに誰も不思議に思わないのである。いったいこの先どうなっていくのかねぇ。

 

何が本当で誰が真実を語っている?

 『「アサドは愚かでない」、シリアのクルド人組織が毒ガス使用に疑義』
2013年 08月 28日 11:19 JST
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE97R02320130828/


『[ベルリン 26日 ロイター] - シリアで化学兵器が使用された問題をめぐって西側諸国がアサド政権の関与を疑う中、同国最大のクルド人組織「民主統一党」(PYD)のサレハ・ムスリム代表は、「アサド大統領はそれほど愚かではない」と述べ、政権の関与に懐疑的な見方を示した。

同代表は、政権側が内戦で優位な立場を築いており、アサド大統領が化学兵器に頼る必要はないと説明。その上で、今回の化学兵器使用はアサド大統領を陥れ、国際的な批判の声を引き出すために行われたものだと述べた。

化学兵器が使用された当時はすでに国連の専門家らが、シリア国内で前回の使用疑惑の調査を行っており、同代表は「そのさなかで化学兵器を使うようなまねはしないだろう。政権側はそれほど愚かではない」と語った。

また、ムスリム氏は「もし国連の調査団で反体制派が化学兵器を使用した証拠が出てきたとしても、水に流されてしまうのだろう」と皮肉った。

PYDはこれまで、アサド政権側と反体制派側の両者と衝突してきたが、別のクルド人組織からはPYDが政権に近い立場にあるとの批判の声も上がっている。』
と書いてあった。

 マスコミを通して何かを伝える人はたいてい、自分や自分が所属する組織や国に有利になるようなことを言う。

 この記事を読む限りムスリム氏が語る内容は合理的に思える。ただ実際にコトを実行しておいて、「そんなことをすれば疑われたり責任を追及されるのは明々白々なのだから、するわけがない。誰かが我々を陥れるために、あたかも我々がやったかのように見せかけているのだ」といって無実を訴える手法もあるわけだ。

 一方、米国は米国でイラクの大量破壊兵器の件でうそつきになってしまった。意図的だったのか、結果的にそうなったのかは知らないが、また米国が証拠をねつ造しているのではないかという声が出てきても不思議はない。戦争をやりたいだけだろうと言われてもしかたがない。

 一般人に真実を知るスベはない。平和的に解決されることを願うだけだ。

2013年8月29日 (木)

人類は進むべき方向に進んでいるのだろうか

 部屋の照明を代えることになって、この際LEDにするか、と思ったわけである。けれどもネットで調べてみると健康被害が出ているとか。改善されている部分もあるようだが、まだ未知の領域もあって(使われだしてあまり年数が経ってないから)不安を感じた。なかには蛍光灯よりもLEDの方が目に優しいという記述もあったが、蛍光灯なら長年経験しているわけだから、まあどのようなものか納得して使用できるわけである。

 店頭やカタログなんかを見てみるとすでにLEDが主流なようで、もしくはLEDを売りたい人々がいるようで、蛍光灯の肩身は狭くなっているように感じた。

・・・・・

 スマホではなく普通のケータイ(ガラケーというのかな)を使用している。スマホの必要性も利便性も感じてないからだけど、どうやらケータイも消えていくことになりそうだ。新製品は出ていないようだし、通信会社もケータイにかかるコストを下げようと、従来のサービスを打ち切ったり、変更したりし始めたようだ。使用しているケータイが故障しても、新品が売られていないとか修理代がバカ高くなるとか、そんな日が遠くない気がする。ケータイで何も不自由を感じていない人も少なからずいるはずだが、スマホに切り替えるか、固定電話+公衆電話の生活に追い込まれることになるのだろう。

・・・・・

 テレビの地デジ化もそうだったわけだけど、ユーザー側が何の不自由も感じてなくても「ほら新しい技術だよ、便利だよ」と押し付けられて、古いシステムが切り捨てられていく、windows XPもそうだな)。もちろん新しい製品に魅力を感じる人は買えばいいわけだけど、、たぶんそれだけでは企業が期待する売り上げにならないのだ。そこでシステムを変えてしまって強制的に消費者に買い替えをさせるという作戦をとっているように思う。昔は新しい技術を使った新製品が発売されれば(例えば初めてテレビが、エアコンが、パソコンが、ケータイが世に出たとき)、利便性を感じて購入する人も多かったのだろうが、ある程度生活が便利になってしまえば、いくら付加価値、付加価値と言ったところで、じゃあ買ってみようかと思うのは新し物好きばかりなわけで。(現にXPの買い替えで困っている企業が多いらしいではないか。現状何も困っていないうえに、あたらしいOSにしたところで大きなメリットがあるわけでもないからね)

 もう十分と言えるほど便利な世の中だと思うのだが、従来と同じモノでは企業は儲からないのだろう。だが企業が儲けるために、不要とも思えるようなシステムの変更を行なっていくのはいかがなものか。むろん表向きは消費者のニーズに応えました、とかなんとか言うのだろうが。

・・・・・・

 少し前に有名百貨店のカリスマ店員が紹介されていた。買い物に来た客に、言葉巧みにプラス1点買わせるのがうまいのだという。洋服ダンスにない色のアイテムを持っていると役に立つのだとかなんとか。インタビューに答えていた客は「良いアドバイスがもらえて助かる」なんて言っていた。なかには買う気のなかったアイテムを数点買ってしまった人もいたようだが、帰宅してから後悔してないだろうか。
 この百貨店のフロアマネージャーだったかな、店員の尻を叩いて売り上げを高める偉いさんも、朝礼で「プラス1点買ってもらいましょう」と指示を出していた。

・・・・・・

 商売とはこういうものだったのか? 客が必要なもの、欲しいものを売り、買ってもらうのが商売だと思っていたけれども、昨今は客が買いたいと思っていないものを押し付けたり、買わざるを得ないようなシステムや環境にしてしまったりと、ちょっとした押し売りのような気がするのだが。

 名の通った企業ですら押し売りまがいの商売をしているわけで、いったいこの先どうなっていくのかねぇ。

2013年8月28日 (水)

ビールを飲まない夏

 もう何年もアルコールは少量しか飲んでいないのだけれども、夏になれば何本かはビールを飲んでいた。飲みたくなって飲んでいたわけだが今年は飲みたくならない。これほど暑い年なのだからいつもより多く飲んでも不思議はないくらいなのに、なぜか飲みたくならない。

 ビールを全く飲まない夏になれば、何十年ぶりのことなのだろうか、などと思う。

気持ちが楽になる魔法の言葉

1.どうせ自分がやらなくても他人がやるのだ。誰かが甘い汁を吸うのなら、それが自分で何が悪い。
2.みんなやってること。
3.自分にだって生活がある。
4.法を犯してるわけじゃない。

あくどいことに手を染めようとしている人なら、こうした言葉で気持ちが楽になるだろう。

「水清ければ魚棲まず」とか「清濁あわせ呑む」とか、ことわざを勝手に解釈したりね。

でもたぶんそれは一時的。

自分に言い訳しなければ悪いことができない人は、きっとあとになって後悔する。

2013年8月 2日 (金)

聴いていないよ

 最近はあまり清志郎を聴いてない。数か月続けて清志郎だけを聴き続けたり、数か月ほとんど聴かなかったり、そんな生活だ。少し前まではTレックスばかりを聴いていた。このところはいろいろなミュージシャンの曲をごちゃまぜにしたファイルを繰り返し聴いている。その中には清志郎の歌声も入っているから、まったく耳にしないというわけではないけれども。

 残念ながら清志郎に関する新しい情報もあまりないようで『地味変』のスケジュールもさびしいものである。5月には『悲しいことばっかり(オフィシャル・ブートレグ)』というアルバムが発売されたようだが、すぐに飛びつくほどは興味をそそられていない。そのうち手にするかもしれないが、待ってました! という感じではない。

 なかなか期待しているモノは発売されないようで、世の中の清志郎好きの人々や事務所、レコード会社と感覚がかけ離れているのか、何か事情があるのか。シングルでしか発売されていない歌をひとまとめにしてほしいし、他の人の曲を清志郎が歌ったものもひとまとめにしてほしいなあと思っているのだがね。

 清志郎はどう思ってんの? 

 そういえば『野音の清志郎』は日の目を見ないのかな。

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