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2013年7月23日 (火)

あるいはパプアニューギニア

 最近続けてパプアニューギニアをテレビ番組で見た。川を延々と遡ったり、山の中に入って行ったり、そうした先にある部族を日本人が訪問した、というような番組だ。

 彼らは西欧文明を意識的に100パーセント拒絶しているというわけではなさそうだが、ある程度は距離を置いている。地理的な要因もあろう。そして昔ながらのやり方で、魚を取ったり、畑を耕したり、自然を生かして、自然を利用して生活している。

 医療の問題とか、教育の問題とかを追及すれば、手放しで彼らの生き方を称賛するわけにはいかないのかもしれない。しかしながらアタシは思ったのである。地球上に彼らのような部族だけが暮らしているのであれば、彼らの子供や孫も、子々孫々、生まれた土地で同じように暮らしていけるだろう、と。

 先進国と言われる国々に住む人々はどうか。快適な生活をしているかもしれない。でも、先祖代々が暮らしてきた土地なのに、子供や孫に引き継がせることのできない広大な地域を作り出してしまっている。先祖とか子孫とかを抜きにしても、とにかく人が生きていけない広大な土地を生み出したのだ。

 次世代以降の人々が暮らしていく環境にたいへんな、というか決定的なダメージを与えてしまったわけだ。

 わかりやすいところで言えば、福島の一部だし、チェルノブイリだ。原爆の実験を行った場所でも同様に人が住めなくなっているだろう。

 土地のみならず、海も汚してしまっている。原発からの廃液とか海底油田から漏れ出した原油とか。海は広いから目に見えた影響が出ていないように思えるかもしれないが、影響がゼロなわけはなかろう。この先どうなっていくのか。

 シェールガスの採掘も心配だ。環境への悪影響がいくつも取りざたされているにもかかわらず経済優先でどんどんと採掘が進行していく。

 先進国がやっていることの影響を先進国だけが受けるなら、それは自業自得と言える。しかし、海を汚染したり、地殻への影響が出るかもしれないような活動によって、パプアニューギニアの人々に、先祖代々の暮らしを守って、子々孫々に受け継いでいけるはずだった人々にダメージを与えるようなことになれば、非常に申し訳ないことだと思うのだ。

 どうも世界を牛耳っている人々は「お金お金、経済優先! 何やっても大丈夫大丈夫! そんなにひどいことになりはしないよ。ひどいことになったとしても知ったこっちゃないよ」という考え方でいろいろなことを決めているような気がする。

 地球がダメになればお金もへったくれもない気がするのだが、この世を動かしている人々の考え方は凡人には理解できぬ。自分たちだけは生き残れるとか、他の惑星に移住できる、とでも考えているのだろうか。そこでもお金がモノを言うと思っているのだろうか。

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