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2012年9月 2日 (日)

駅のロータリーで迷う

久しぶりに『夢助』を聴いた。
『Memphis』と聴き比べてみようかと思ったの
だけど、これはまた別の機会に書くかも。

ひと言だけ書いておくなら、
どちらも聴きやすい、ということだな。

さて、『夢助』だが、
聴き始めると、つらくなる。
(聴きやすいと書いたばかりにこう書くと矛盾
 してるようだが、詳しくは後ほど)
たぶん、これが原因で久しく聴いていなかったの
だと思う。

つらくなるのは清志郎の声がきちんと出ていない
から。

清志郎は自分ののどの異常をいつから感じていた
のだろうか。

もしかしたら歌えなくなるかも、という思いも
いくらかあったのだろうか。

知るヨシもない。

だが、聴いているうちに
気迫のようなものを感じ始めるのだ。

いつものように声は出ないが、
自分の思いを込めて歌っているぜ、
という気迫。

もしかしたら歌えなくなるかも、という思いが
あったのなら、
これが最後のレコーディングになるかも、
という気迫。

そうした気迫が込められているからであろう。
久しぶりに聴いたわりには、どの歌もちゃんと
アタシの脳に刻まれていた。

そして聴けばぐんぐんと引き込まれていく。
正直、ときどき清志郎が振り絞って出す声に
つらくなる瞬間もあるが。

・・・・・・・・

最初に「聴きやすい」と書いたのは、
アルバムの「作り」とでも言うのかな。
歌が、清志郎の声が聴き取りやすいのだ。

バックのメンバーが見事に清志郎を
サポートしているというか、引き立たせている。

バックに徹しているというか。

前にも書いたかもしれないが、
清志郎の海外録音盤はどれも「聴きやすい」。

音のバランスもいいのだろうが、
バック・ミュージシャンが、
シンガーを引き立たせるプロとして演奏して
る感じ。

かといって、ただ当たり障りのない演奏をし
ているわけでもなく。

海外録音のアルバムを聴いてから国内録音
のアルバムを聴くと、何かちょっと違うような、
結果的に清志郎の歌がじゅうぶんに生かされて
いないような、そんな印象を受けてしまう
ことが多い。

楽器のバランスが悪かったり、
清志郎の歌の邪魔になっていたり。

・・・・・・

収録された14曲すべてが聴き応えのあるもの
ばかり。

ちなみに今回のタイトルにした
「駅のロータリーで迷う」は
3曲目の『激しい雨』の一節
「駅のロータリーで 道に迷ってしまった」
から。

なんだかこのフレーズが好きなのである。
ふつう、駅のロータリーで迷う奴なんぞいない。
でも、そんな場所で迷ってしまったんだ、
という意味に解釈している。

他人から見れば進む方向は明らかなのに、
なんでかよくわからぬうちに、誤った方向に
進んでしまう。

人間て、そういうことがある気がする。

この歌のタイトル
『RCサクセションがきこえる』
でも良かったような気がするが、
そうしなかった理由があるのかな?

『THIS TIME』を聴くと、まだ10年や20年は
やりたかったんだろうな、と切なくなる。
やっと、迷いが吹っ切れたところで声が出なく
なるなんて。
歌えなくなるなんて。

『毎日がブランニューデイ』、
こんなラブ・ソングを遺された妻は、
タマランだろうな。
アタシだったら聴くたびに泣いちゃいそう。
『温故知新』も同様だな。

『オーティスが教えてくれた』、
いちばん声が出ている。迫力もすごい。
どういう順番でレコーディングしたのかわから
ないけど、だんだん調子が出たのかな。

『ダイアモンドが呼んでいる』、
中日の背番号23、川又 米利が
思い浮かんじゃうな。

『あいつの口笛』、
ほのぼのしたステキな曲。
こういうのって清志郎以外に歌える人がいない
ような気がする。
作曲は細野晴臣なんだけど。

・・・・・・

近々『KING』とか『GOD』も聴いてみよう
と思っている。

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