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2010年5月

2010年5月29日 (土)

『EXILE ON MAIN ST.』

カッコよいなあ。
シビレるなあ。

結局CD2枚の【デラックス・エディション】
を購入。

DVDは関連したものが後日発売される
という話しもあるらしいし。

音は、驚くほどではないかもしれないけど、
確かに違いがあるような気がする。

1つ1つの楽器がくっきりしてるし、
音の深み、広がりが感じられる
(気がする)。

音がちょっと優しくなってるような、
ソフトというかマイルドというか、
そんな気もする。
(かといってハードな曲がヤワになってるわけ
ではない。)

そのせいか、
あまり気にかけてなかったCD1の
『11. タード・オン・ザ・ラン』が
いい感じに聴こえる。
好きになった。

期待していた<CD 2:ボーナス・トラック>
も期待以上だった。

強いて言えば『10. タイトル5』はどうして
わざわざ入れたのかしら、
という気もしなくはないが、他はすべて
カッコいい(ボキャブラリーが貧困だな)。

『4. フォローイング・ザ・リヴァー』
はステキなバラード、名曲だと思うんだけど。
『EXILE ON MAIN ST.』本編に収録するには、
ちょっと雰囲気が違ったのだろうが、なぜ今まで
日の目を見なかったのか不思議。

オルタネイト・テイクの4曲も本編収録曲とは
違う味わいで気に入った。
キースのボーカルも渋い。
『9. グッド・タイム・ウィメン(「ダイスをころがせ」オルタネイト・テイク)』
はオルタネイトかしらん?、ギターがちょっと
似てる部分があるだけではないかしらん?、
という疑問は残ったけど。

他の曲も良いし、こっちのCDだけ独立して
発売されていたとしても、購入して、
気に入っていただろう。

『EXILE ON MAIN ST.』のすべてが
好きだったわけではないけれど、
聴き直すことによって、
それぞれの良さがわかった。
ほんとうにすばらしいアルバムだと思う。

「ストーンズのコアはミックでも
キースでもなく、チャーリーだ」的な言葉を
ときどき目にしてきたが、
その意味もなんとなく理解できたような気もする。

2010年5月27日 (木)

古田はやめてね。

ヤクルト・スワローズの高田監督が辞めた。
昨年はそれなりの結果を出していただけに残念。

今年はどうしちゃったんだろう?

広岡時代からなんとなくちょっと好きな球団
だったが、しばらく遠のいていて、監督が
高田になってから、やや関心が復活しだしたのだが。
(勝つようになったからね。今年は別にして)

「小川淳司ヘッドコーチ(52)が監督代行として指揮を執る。」
とサンスポに書いてある。
がんばって欲しい。

「監督代行」だから来年からどうなるかわからない
けど、
古田に戻ったら、もう二度とヤクルトを応援する
こともなくなるだろう。
だから「古田はやめてね」。
熱心でもないファンが言うことでもなかろうが。

アタシの中ではアイツはポンコツだし。
いやいや個人的に付き合うにはイイヤツかもしんない。
仲良くなってしまえば。

しかし、
プロ野球関係者としてはポンコツだ。

野村時代の古田選手は好きだったけど。
野村監督がいなくなってからのリードは
「逃げてばかりのイメージ」。
用心して用心してボールを続け、フォアボール。
用心して用心してボール3のあとにホームラン。

野村時代の貯金と若松監督の手腕でしばらくは
なんとかよいチームでいられたけど。

古田が監督になってからは途中から試合観戦も
しなくなった。
チーム打率がリーグトップでも勝てないし。

今は評価もどん底の星野仙一が初めて監督になった
とき、活躍もしていたし仲の良かった牛島たちを、
彼はトレードに出し、落合を獲得した。

まあ牛島たちには星野の弱みとなるような話も
知られてしまっていたから、という噂もあったけど、
「勝ちに行くんだ」「仲良しこよしの集まり
じゃないんだ」という星野の姿勢は選手たちに
伝わったようだった。
優勝したしね。

でも、古田は逆だった。ヤクルトを離れていた
元同僚を次々に呼び戻した。仲良しこよしの集まり
にしてしまった。しかも残念ながら、仲良し選手は
活躍しなかった。

そして「勝ちに行くんだ」という意気込みを
感じさせることなく「ファン・サービス」に
力を入れ、サイン会やら小学校訪問を展開。

勝敗がすべて、とまでは言わないけど、
勝つこともファン・サービスとして必要。

そして最後の試合。
アタシの記憶によれば、勝てば5位、負ければ6位、
という大事な試合だったのに、
ポンコツは勝ちに行かなかった。
5位も6位も同じと言う人もいようが、
監督がそう考えてしまってはいけないような気がする。

自分のための引退フェスティバルにしてしまった。
代打で出場し、試合には負け、それでも試合後に
おおはしゃぎ。
土下座して謝る場面だろう?

その前の試合では、
鈴木健が横浜で引退の挨拶をしていた。
なんで横浜?
神宮で引退を飾る古田に鈴木が遠慮した
のかもしれない。取り巻きがそうさせたのかもしれない。
でもアタシには1人で目立ちたいポンコツが、一緒に
引退の挨拶をすることを避けたように感じた。

鈴木もけっこう球団に貢献したと思うぜ。
神宮で引退させてやっていい選手のはずだぜ。

ポンコツは仲良し以外に配慮しないのさ。

そんなわけで古田は球界に戻らないでね。

※このエントリーは、
 データを確認せず、記憶にもとづいたイメージ
 で書いたので、事実と異なることもあるかも。

2010年5月 3日 (月)

お墓

もうできてたのね。
清志郎のお墓。

4月30日に完成したばかり。
期待したほど派手じゃなさそうだけど。
近々参りたいと思ってる。

2010年5月 2日 (日)

あれから1年

そろそろ受け入れようと思い始めた。
清志郎がこの世にいないことを。

泉谷のように「死を認めない」というのも、
宇宙ツアーに出かけているというゴマカシも、
人それぞれの自由。

ゴマカシを非難するつもりは毛頭ない。
アタシもそう思いたかったし、
「宇宙ツアー中」という言葉も
カッコイイと思っていた。

でも、なんだかこのままじゃ清志郎が
宙ぶらりんな状態、窮屈な状態におかれて
いるような気がしてきた、アタシには。

そろそろ「あの世でゆっくり休みなよ」
と言ってあげたい。
「ゆっくり休んだら、
 また生まれ変わってきておくれよ」
と伝えたい。

この世にいないことを受け入れるからといって、
彼の存在が、
アタシの中で小さくなるわけではない。

清志郎の歌を聴き続けるだろうし、
口ずさむだろうし、
新しい音源や映像が発表されれば
手に入れるだろう。

お墓はどうなってるんだろう?

まだ、ないのかな?

派手な墓を作って欲しい。

墓参りに行きたいぜ!

本日、心に残ったフレーズ:
♪君がいなけりゃ夜は暗い
 春の陽ざしの中もとてもクライ
(『いけないルージュマジック』より)

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